ガタガタ、だけど…リアス式海岸みたいになった爪を見て思ったこと|チョーヒカルの#とびきり自分論

 ガタガタ、だけど…リアス式海岸みたいになった爪を見て思ったこと|チョーヒカルの#とびきり自分論
Cho Hikaru/yoga journal online

誰かが決めた女性らしさとか、女の幸せとか、価値とか常識とか正解とか…そんな手垢にまみれたものより、もっともっと大事にすべきものはたくさんあるはず。人間の身体をキャンバスに描くリアルなペイントなどで知られる若手作家チョーヒカル(趙燁)さんが綴る、自分らしく生きていくための言葉。

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爪を塗ることの下手さに関して右に出る者がいない。美大に行き、筆を使うお仕事をしておきながら、本当に爪を塗ることが下手なのだ。爪の位置を脳が把握していないのかなんなのか、その大胆なはみ出しっぷりは荒波のよう、逆に現代アートである。

昔から「女子らしい」と言われる類のものが苦手だった。自分は女らしくないから、女子力が低いから。そんな自意識に苛まれ、ピンク、花柄、フリル、ヒール、そしてネイルを散々敬遠した。というか爪を塗る意味もよくわからなかった。なんでそこに色がついているのか。それが可愛いのか。女性ばかりがやるのか。けれどある日ドラッグストアでものすごく良い色のマニキュアを見つけてしまったのである。シアン系の黄色が少し入った水色で、くすんでいるためあまり派手さもない。うまく言えないけれど、いい。来る夏にぴったりの、なんて良い色。爪を塗る予定もないのにレジまで持っていってしまっていた。

さて購入したからにはやってみるかと意気込んだものの、やり方がさっぱりわからない。とりあえずインターネットの知恵を借り、見様見真似でやってみることに。

まずは爪の形を整える。ふむふむ、とりあえず爪を切ろう。なんだかよくわからない道具(キューティクルリムーバー)で爪の甘皮を削げという指示があったが、そんな道具は持っていないので省略。次は綺麗にしてベースコート。ベースコート?そんなものはありません。省略。「失敗しないネイルの塗り方」の最初の方の手順をほとんど無視している。幸先悪し。その後なんだかんだ道具の紹介がありようやくネイルの塗り方が出てきた。まずはマニキュアを少しだけブラシにとって爪先端のエッジをひと塗り。そして爪本体はマニキュアをぼてっとつけたブラシで、中央からすっと塗り、左右をすっすっ。これを爪一つひとつやっていき、2度塗りしてからトップコート(持っていません。省略。)を塗って完成、とのこと。

一番最初に塗った左手の親指はすでに爪の左右がリアス式海岸みたいになっていた。めげずにとりあえず左手の爪全てを塗る。そして右手、と思いきや、持ち替えたブラシが塗りたての爪にばっちりヒット。さっき頑張って塗ったマニキュアを半分ほどごっそり持っていってしまった。最悪だ。急いでそこを塗り直すもなんだがムラができてしまった。あーあと思いながら、気を取り直して右手を塗っていく。リアス式海岸が大量発生しつつどうにか塗り切った。さて乾かすか・・・その間に何か見ようかな、とYouTubeをつける。特に見たいものないなー・・・とぼんやり画面を眺めているとその瞬間スマホが鳴った。あれ、なんだろう?ベッドの上のスマホを持ち上げる。

あ!!!

なにも考えずに手を伸ばしたせいで爪がベッドに掠れ、右手のネイルは嵐の後のようにぐちゃぐちゃになってしまった。ついでに布団にマニキュアがべっとりついた。がっくりと肩を落とす。なんでこんなにうまくいかないのか!そんなこんなを何度も繰り返し、たった10個の爪を塗るのになんと私は3時間も費やしたのだった。

でも、3時間と何十回もの自己嫌悪を経て塗った爪は、美しかった。

いや本当は美しくなかった。ムラがすごいし、一部は乾き切っていない時に触ったせいで指紋がついている。リアス式海岸も健在だし、お世辞にもうまく塗れているとは言えない代物だ。でも何故かものすごくワクワクした。これから楽しいことが起こるという予言が爪先に現れたみたいで、自分の体が楽しさを受け入れる準備ができたような、不思議な感覚だった。ただ体の末端にほんのちょっと色をつけただけで。

私は、自分が思うよりとっても単純なのだろう。でもそれは決して悪いことじゃない。好きな色を爪に塗るだけでハッピーになれるなんて、お得じゃないか。そもそも生きていくことってこんなに大変なのだから、このぐらい簡単なチートがあっていいはずだ。「女子らしさ」を敬遠していたせいで、こんなワクワクをずっと逃していたなんて。女子らしさなんて関係ないし、というか、そんなもの存在しない。ただ、爪を塗るのは楽しい。それでいいのだ。もっともっと爪を塗っていこう、めちゃめちゃ下手だけど。

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AUTHOR

チョーヒカル

チョーヒカル

1993年東京都生まれ。2016年に武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業。体や物にリアルなペイントをする作品で注目され、衣服やCDジャケットのデザイン、イラストレーション、立体、映像作品なども手がける。アムネスティ・インターナショナルや企業などとのコラボレーション多数。国内外で個展も開催。著書に『SUPER FLASH GIRLS 超閃光ガールズ』『ストレンジ・ファニー・ラブ』『絶滅生物図誌』『じゃない!』がある。



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